フランクに一回だけ観に行くつもりが、もうチケットを増やす時間の隙間がないよ~と泣くことになるとはね。
ミーハーにふんわりとホームズもののことが好きです。
全然網羅はできていないが原典の有名どころをかいつまんで読んでて、遠い昔にSHAROCKとガイリッチーホームズくらいは通ったねくらい。コナンドイルの背景については、医者をやってたこと、歴史小説書きたかったが当たんなかったこと、ホームズ書くの嫌になって最後の事件でホームズを殺して終わらそうとしていたことを知っているくらいの知識量です。
それくらいのミーハーさなので、ドイル&ホームズ二人芝居のタイトルが「最後の事件」だし知っている役者さんも多いし、どなたかの回は観に行きたいねえとはじめは一枚だけ取っていたのだが、最終的にはキャスト全員コンプリートしてしまった。
加藤&渡辺ペアを観て、絶対他のキャストさんがやっている回も観たいのですが!?と高橋&太田ペア回に駆け込んだところ、あまりにもアプローチが違っておもしろすぎ、これは見逃すのが惜しい……と矢崎&糸川ペア回を急ぎ取ってしまった。こんなことになるとは……
期待したことおおむねぜんぶやってくれてうれしいし、それ以上に脚本が緻密で役者さんがみな各々の魅力を発揮してくれていて、ホームズのおたくとしても少人数のミュージカルとしても楽しかった。実在の人物をモチーフに、最も近い友との深い対峙と自己の内面の対話を物語としておもしろく描くの韓国ミュージカルの得意としているところだなと思っているのだが、まさにその種の作品。その中でもラストの展望が明るく後味がよいので、韓国ミュージカルの入り口としてもおすすめできる。
マジのマジでシャーロックホームズのことを一切知らなくても、ひとりの作家が劇中劇と現実を重ねながら自分の生み出した大人気キャラクターというイマジナリーフレンドと対峙し、乗り越え、人間的成長を遂げるお話としてもおもしろい。無論ホームズであることで山ほどの文脈を重ねていることもすばらしい。
ホームズものとして期待して観に行って案の定出てきてうれしかったもの
①ワトソン役をやるドイル
当然やってくれるでしょうと思っていたので当然やってくれてえびす顔。アフガニスタン帰りを指摘するくだりって何回観てもうれしいものだが、まさかここにきていきなり9パターンやってくれるとはね。
しかしモリアーティまでやってくれると思っていなかった。加藤和樹さんのモリアーティはワトソンよりドイルより本役でしょうという圧巻の迫力だった。もしかして、来るのか……からの、黒のインバネスを羽織って"成った"ときの一種のカタルシス、最高だった。
余談になるが、モリアーティ誕生のとき客席に背を向けて本棚の前で手を広げる仕草、ホームズが眠るドイルの後ろで過去になって忘れられたくないと独白するシーンでまったく同じポーズをしていて、わ~!と思いました。
②さまざまな事件
ドイルとホームズとが物語を練り上げるという名目で有名シーンをダイジェストで見せてもらってしまい、あやされているのかと思った。赤子のようにきゃっきゃしてしまうよね~。初対面シーンや、ボヘミアの醜聞はそりゃあ出るでしょうと予想していたけど、瀕死の探偵のトロの部分だけ見せてくれると思わなかった。瀕死の探偵と赤毛連盟が大好きです。もっとも単におたくサービスというわけではなく、いわゆる「キャラクターが勝手に動く」に至るプロセスを描くためのものだし、ドイルがさまざまな犯人に扮し破れていくのは最終的にモリアーティに行き着く過程に必然だしで、何重にも意味が詰まっているから余計に楽しい。
彼ら二人が最高のバディとして歌うナンバーと、最後別れのナンバーのメロディが一部同じなの、よかったな……。
③ワトソンに執着するホームズ
ホームズっていうとワトソンに大執着しているものでしょうよという前提があるが、ドイル=ワトソンとして物語を編むことで、自分を生んだもので自分を生かす唯一の存在なわけだから執着しているに決まっている。その在り方が三者三様だったのが期待以上で嬉しかった。
そしてドイルは自分の生み出した最高傑作としてもイマジナリーフレンドとしてもホームズに愛着があり、しかし、それが自分自身を浸食していきホームズの従でしかなくなってしまうから、離れなくてはいけないのだ……という流れに説得力があった。
狭義には作家としてキャラクターに食われてしまう苦悩の話ではあるが、広義には周囲から与えられた役割や自分自身でいつの間にか決めた規範に縛られていると気付いたとき、リセットするには自分のメンタルも環境も根底から変えなければならず、大きな痛みを伴うのだという話でもある。決して有名作家特有の悩みではないから響く物語になっていて脚本がすごいな……
それはそれとして、私はワトソンが結婚して221Bを離れ、ホームズがはちゃめちゃに荒れるくだりが大好きなので、ドイルの心がホームズから離れて時代小説に向かっていくくだりにそれを感じてにっこりしました。
④ライヘンバッハ
最後の事件と言ったらみんなだいすきライヘンバッハ。ドイルがモリアーティになったとき、ワトソンとホームズの出会いのように、最後の対決もがっつりやるのか~!と思ったが、二人はむしろ静かに最後のあらすじ決めて、ホームズは自ら滝のような霧のようなあちら側に消えていくの、とてもよかったですね。原典だってホームズの最後は推測でしか語られなかったから。
そして、ドイルの心の一部(キャストによって葛藤だったり焦燥だったり)のモリアーティとホームズが心中することで、ホームズはドイルの問題を解決した名探偵となる。史実とは異なり永遠にいなくなってしまっても、事件を解決するための唯一の手段を見つけたのだからその称号は消えない。また、史実通り戻ってきたらそれは名実ともに不死身の名探偵。
いずれを選んでも実のところホームズが無謬の名探偵になる答えなのありがたい。やっぱりホームズというのは無謬でありワトソンより一枚上手でいてほしいから……
舞台セットも美しかった。ホームズの部屋であり物語世界をとしての舞台上手側、黒塗りの壁が実は光を透かす幕になっていて、ライヘンバッハのシーンでは透ける青い光とスモークによって瀑布が表現されるの、奇をてらっているわけではないのに新鮮でよいセットだった。
各キャストと自分が観たペアの印象についても残しておこう。記載は自分が観た順です。おそらくタイミングによって演技も変化していることでしょう。全部見たかった。
加藤和樹さん
ストレートにワトソンのイメージもあらわしてくれながら、現実に生きるドイルとしては今後のキャリアに悩む大人としての二面性……なのだが、最終的にあまりにもモリアーティが似合いすぎていた。無を相手のワルツ、最高……先に書いたとおり本役モリアーティ、主人公にしてラスボスの風格がある。作品がすべて作者の分身としたら、モリアーティもまたドイルなのであろうね……。ホームズの最高のライバルとして横に立つ姿、そしてホームズとともにその完璧で脅威となる一面も葬り、まっさらな自分としてやりなおすのがとてもいい。しかし席の都合上、ドイルの机まわりが人の頭に被っていて役者が立っているときですら全く見えず、どんな芝居をしていたのかわからないシーンが多すぎるのが残念だった。初見で黒手袋のシーンを見逃したの、無念。博品館劇場Q列以降、定価席として売ってはいけないのでは……?
渡辺大輔さん
やられた~~~~~と思った。だってこんなホームズ像観たことなさすぎる。あえて近いホームズはと考えると、平野良のシャーロックを更に煮詰めて味を濃くして、攻撃のような笑顔と貴族のような立ち振る舞いとねちっこい物言いの芝居がかった隙のない男。初めての味すぎて夢中である。しかし後々思い返すと冷静で皮肉屋で興味のあることには前のめりの男なのはまさにシャーロックホームズなのだ。
ドイルと普段話しているときの性格はシャーロックとは違っていて、茶目っ気がありひとなつっこい男がシャーロックホームズという役をあたえられてそれを演じているのだなあという印象を受けた。現代日本でなかなか観られない時代がかった雰囲気の芝居が渡辺さんの魅力だと思うのですがそれを100%出力でやってくれていておおはしゃぎ。
加藤&渡辺ペア
「ホームズ」をやるのではなく、シャーロックホームズの作者・コナンドイルにさせられた男と、シャーロックホームズという名探偵にさせられた男の話だったんだな~と思った。
バディのときはよき仕事仲間、終盤に行くに従いモリアーティVSホームズでお互いの負のエネルギーが増すことでの盛り上がってからの、過去にとらわれたくないという感情の理解、事件解決のカタルシスがすばらしかった。
このお二人の概念ライヘンバッハシーン、ヴィランVSヴィランのありさまになっていってめちゃうれしい。ぱっと考えたときお二人ともあまりホームズでもワトソンでもなく、あえて言うなら二人まとめてモリアーティって感じがあるし。そして、なんか……色気がすごかったな……他のどのペアよりも本気で命をやりとりするし命をかけるといったらマジ命なんだなという気迫にセクシーさが発生している、そして迫力のペアダンス、瀕死の探偵……
髙橋颯さん
ワトソンじゃん! 初めてお芝居を拝見しました。加藤さんとタイプが全然違うのにかなりワトソンだった。生み出したとってもすてきな名探偵とバディをやっているのがうれしくてたまらないといった様子で、どんどん上がり調子になるときの楽しそうな雰囲気がとてもチャーミングだった。若々しく、歌はひけをとらないほど上手い。髙橋さんのドイルはモリアーティがぜんぜんそぐわない雰囲気で、黒いインバネスも着られているようで似合っていないというアプローチなのが印象的だった。ホームズを殺さざるをえなくなってしまったが、絶対に本心からではないのだろうというのがモリアーティ誕生からうかがえる根っからの善良さを感じました。ワトソンというキャラクターに強く表出しているのが、この善良な部分なのがいいね。
太田基裕さん
イメージするホームズに太田さんのエッセンスをひとさじという、いいバランスだった。どのキャストさんにも別々の魅力があるが、シャーロックホームズを観たいな~と思っている人にはおすすめかも。2チーム観てたぶんけっこうふりつけが決まっているのだろうな~と感じられる中で、手のひらを口元であわせたりソファの上で膝を抱えるおなじみの仕草がとびだしてうれしかった。
しかしこのホームズは皮肉を言っててもなんかチャーミングで憎めないな~。ドイルのちょっとだけ上をゆき、モリアーティが誕生したときも名探偵としてやっと自分にふさわしいライバルがあらわれたという素直な喜びが見え、存在をおびやかされていても焦りよりも楽しさを感じているのがホームズ的。イマジナリーフレンドとしてもずっとドイルを手玉に取っている雰囲気がある。
髙橋&太田ペア
ホームズものを観たな~!という満足感がありました。キャラクターを念頭に演じてくれた印象が強かった。かといってキャラクターの再現に留まらない。太田さんのほうがずいぶん年上のはずだが、さほど歳の離れたように見えない青年二人のバディものとして成立していてさわやかで、なにものかになりたい若者の焦りを感じさせるつくりでよかった。対立も、やむにやまれぬぶつかりあい、本当はこんなことしたくないのにという愛らしい必死さ。この二人のライヘンバッハは成長するための激しい対話の末の長いお別れといった雰囲気なので、髙橋ドイルが人生にも小説にもどうしようもなく行き詰まったとき、このホームズは再びひょっこり顔を出して助けてくれそうだなと思った。
加藤&渡辺ペアと対照的にすべてがヘルシーでフレッシュだった。
矢崎広さん
好きだ……。どこがって落ち着きのある年相応の大人、ホームズに追い詰められていく過程では焦りというよりも疲弊が見える人、陰りが魅力的で、好きだ……。モマ以来数年ぶりに拝見したのたが芝居が細やかですてきだった。自分の欲求と世間の要請との間ですりつぶされかけている人、ホームズに対しては手のかかるかわいい弟につきあっている兄のようだった。また、瀕死の探偵をはじめ演じ分ける犯人役のどれも不思議に魅力的で、もう少しじっくり長尺で見せて~!と思った。同時に、ドイルをやっている時は善の人だ!という印象だったが、多種多様な犯人役の積み重ねによりドイルという人の人格の多面性を見せてくれて、瀕死の探偵の犯人なんて格好良すぎだろ、最後に出てくるモリアーティはどうなっちゃうんだ……?と思っていたら影の色気のあるモリアーティが爆誕して最高になりました。
糸川さん
自分の能力を主張する、存在を広く知らしめたい、興味あるものにしか動かなくてわがまま、気難しさの種類が思春期みたいなホームズだった。己の頭脳に自信があるツンとした傲慢さが若さと相まって魅力になっている。大人のドイルが抑圧している面が全部表にでていて、高慢さすら子供のわがままに見えてチャーミング。ドイルに褒められると嬉しくて、ボヘミアの醜聞のところなんて素直すぎるくらい。ドイルのインナーチャイルドが役割を与えられて精一杯「ホームズ」を演じているように見えた。だからある意味誰よりもホームズらしさもある。一方ドイルを追い詰めるくだりもどうしたって消えたくない認めて欲しいというあせりと恐怖が見えて、かわいそうだよ……と思うほどだった。
矢崎&糸川ペア
落ち着きのある男とその中に秘められた少年性の発露みたいな組み合わせで、ドイルという男の葛藤という側面が強かった印象。
ホームズという愛すべき子がだんだん育ってきて無視できないほど大きくなっても、拳銃を持ち出すまでは同じ土俵に乗らず、いなすような振る舞いをしていたのが印象的だった。モリアーティとしてはかみついてくるホームズをあしらっていて、矢崎ドイルにとって糸川ホームズって脅威すぎると言うよりもつきまとって離れずその主張によって徐々にすりつぶされてしまうような存在なんだろうな。
矢崎ドイルの視点で糸川ホームズは自分の子のような弟のような傲慢で愛らしいインナーチャイルドとしての友人になるのだな。彼を甘やかしてやることで自分の子供だった部分が昇華できる、自分を認めて許すまでの道行き、自己との対話の物語だった。
はあ~千差万別すぎ。
チームというものが好きなので、ダブルキャストトリプルキャストは固定チームでやってくれるとうれしい派なのですが、この演目に関してはトリプルキャストシャッフルの意義が存分に感じられる。
役者さんの個性にくわえ、二十代・三十代・四十代の役者の組み合わせによっていやおうなしに人間関係がガラっと変わるから……。別の組み合わせを観てなくてもそうとわかるよ。見終わったあと、あのドイルとこのホームズだったらこうなるのかな……の想像だけでも豊かな気持ちになれた。それを想定したような脚本でもあると思う。骨子がしっかりしながら余白があってさまざまな解釈が可能だ。だからこそ全然雰囲気違う大きさも年齢も違う俳優さんたちが同じ役にキャスティングされるようなことが発生するわけだし。私はこのたぐいの「ビジュアルからして同じキャラクターなはずがない!」ってタイプの複数キャスティングが大好き。やっぱり人間の肉体を伴って演じることでキャラクターが可変になるのは演劇の醍醐味ですからね。
しかしこうなってくると公演期間全然短いな。当初は長期間公演ありがたいね~と思っていたのだが。9通り9回ずつくらい公演しなきゃ観たい組み合わせ(つまり全部)みられないでしょうに。すでに観た組み合わせも再度観たかったりもするし……。やっぱりトリプルキャストシャッフルよくないかも。あまりにも観たい物が多すぎてしまう。
私のように「全員観たいよ~!え~ん!」と言っているわけでなく、ちょっとカジュアルに見てみるかという人は、行けるところで任意のペアを観てきてほしい。観た回が"真実"になる。みんなで違う真実を目撃しよう。
……え~ん、全部の"真実"をみたいよ~! 再演もしてさらに真実を増やしてください。
追記:瀕死の探偵って復活後に書かれたエピソードなの!?
執筆順が史実と違っているということは、ミュージカルのドイルが史実と同じ未来をたどるとは限らないのでは?
復活後エピソードももう書いちゃってるんだよということなら、この世界線でのライヘンバッハ、現実のとは違ってマジで再会のない決別なのかもしれない。
そもそも鹿撃ち帽とインバネスという姿も、小説の挿絵で描かれてから定着した姿だから、ドイルがホームズを思いついたときにはあの形をしていないはずだし、あくまで現実をもとにつくられたフィクションである。あくまで物語であって伝記ではない、だからこそできることがあるし、そこにおもしろさがある。
追記2:矢崎ドイル&太田ペア初日を観た
時間がないからな~みたいな与太を言っていたが、時間はなんか……こじあけりゃあ、ね……。
一週間ぶりで物語の咀嚼ができたところもあって理解が深まったし、アフタートークも演技の話が聞けて嬉しかったな~
矢崎さんの演技、抑制されていて舞台っぽくないほどに“リアル”な芝居でかえって感情の起伏が伝わるのがいいな〜!と思っていたら、翻訳・訳詞・演出補の福田さんもこんなにドラマティックな脚本をナチュラルにやってくれると思わなくてうれしいというようなことをおっしゃっていて、したり顔でうなずいていました。
矢崎&太田ペアはもうひとりの自分、自己との対話の印象が最も強かった。
矢崎ドイルが太田ホームズを殺さなければと思い詰めるとき、ホームズは今までの頓狂を棄てて理性的にまともに説得するが、途中で君ごときが最高傑作を殺せるのかという挑発に変わる。
その挑発の意図って、初めはドイルがホームズの言葉すら耳に入れずあまりにかたくななため、説得の手段を変えたことによる、演技としての物言いだったのが、ドイルが酒に溺れて偏執的になるにつれてホームズも狂気にあてられて本気になったように見えた。
とりつくろうのもやめた二人、ドイルの内面としてのホームズとドイル自身、二人の自分が互いに自分の欲望を掘り下げていくことで最後にたどり着くのが「過去にとらわれて潰れる前にリセットしたい。最高の名探偵ホームズを愛しているが殺したくはない」という結論なんだな~
ドイルはホームズのことが憎いわけではないのだと思い出し、もうひとりの自分としてのホームズは名声がほしいわけではなく自分のやりたいことをしたいと気付くのだ。
ドイルがライヘンバッハへの道行きにワトソンを登場させたのはホームズの誘導でもあるし「筆が勝手に動く」状態で書かされた展開だったが、自分の無意識の分身で良心であるホームズの無二の親友としての登場人物のワトソンが動いてくれることで初心を思い出すの美しかった。危篤のご婦人がいるというのはモリアーティの罠なのでもう何が起こるかがわかっていて、そのくだりになると離れがたい顔をしているさま、ワトソンとドイルが入り交じっていてすばらしかったな。ものすごく複雑なことをやっている。
一方、イマジナリーフレンドとしての作品外のホームズは茶目っ気たっぷりだった。ボヘミアの醜聞のくだりでは自分の名声が世界にとどろいたと喜んでるし、二人ならもっと有名になれるとドイルをかりたてているのはある意味無邪気ではあるのだが、その時点で名誉欲にとらわれてしまっていたのだなあと複数回観たことで気付いた。
最終的に、ドイルの苦悩を直視して、難事件を解決することこそが自分のアイデンティティであって名声を世にとどろかせることなどは不要だと思い出したため、ライヘンバッハに至れたのだ。
「ホームズは殺されるのではなく行方不明になる」という決着は、ホームズを愛しているが自立して己の作品を書きたいのだという気持ちに折り合いをつけたドイルが、どうにかたどり着いた答えなのである、というプロセスがきれいにわかるようになってうれしい。
あと、話を追ってて「酒におぼれ不安定だった父が死んだ。幼少期は不安定な生活におびえ、ホームズのように理知的な人間に憧れた」というくだりと年齢差とが、二人の関係性に大きく影響を与えるのだなと改めて思った。
アフタートークでもあった矢崎さんの細やかな飲酒演技、キツいのにラッパ飲みしていて気分は最悪だけど飲まずにいられないさま、これってアルコールに溺れた父の二の舞になり、なにもなせずに死んでしまうのかもしれないという重圧が乗ってきてるのだな。さらに自分の理想像が自分を脅かし、自分を飲み込もうとしているのだという妄想にとらわれた男によって開幕する最後の事件、え~~~やっぱりおもしろ~~~。
全員芝居がうまいし脚本もおもしろいしホームズという合意があるのでするすると楽しめてしまうが、複雑なお芝居すぎるよ。
ドイルがうみだしたシャーロックホームズと名付けたイマジナリーフレンドが実体をもってドイルと共同で"シャーロック・ホームズ"というキャラクターおよび物語を作り上げていき、劇中劇を繰り広げる。終いにはドイルと離れて過ごしてその間「ヒマだ」というほどに自立した存在になる。一方ドイルも物語に入り込み、新しく作り出したキャラクター・モリアーティと自我が癒着しつつもドイルやワトソンを行き来して葛藤するが、最終的にはそのすべてに別れを告げ、創作者コナン・ドイルとして一からやりなおすというの、芝居と歌とがハイパー上手人間じゃないと成立しないのでは……?
結局「芝居が上手な人間をn人用意します(nは登場人物の数とする)」というタイプの芝居が好きなので大はしゃぎ。若手俳優、2.5出身が多く出る芝居を観るたび毎回すごいよな~と思うのですが、歌も芝居もダンスも上手いうえ、造形が整った人間たちがこんだけいるの、どうかしている。
おたくですので、モリアーティがひとりでワルツを踊った振り付けがはじめに提示されてから、手負いのホームズを無理矢理捕まえて踊らせることで計画の完成を示すのめちゃめちゃうれしい~!となりますが、これもみんなダンスが美しいことで説得力ド増しになりありがたいことですね。
これもおたく心全開の気持ち、矢崎さんが演じられる犯罪者、雑な言葉遣いをすると大変に「メロ」なので二回目は心して観たところ、やっぱりホームズ絞殺未遂直前の男爵がちょっと好きすぎた。うわっつらの慇懃さに満ちたあからさまに悪役の貴族、戯画度が高いのがフィクションのキャラクターとしてよくて、どうにかうまいことしてもう少し長尺でやってくれないでしょうか……?
追記3:矢崎ドイル&太田ペアをまた観た
観たくて……。
一周回ってただただ楽しんできた。
これまでペアを変えての公演を色々みて、各々で全然違う味がする~楽しい~と言っていたのですが、まったくの同ペア観たら、これも前回から変化していて新しい発見がある……! 楽しい……! やっぱりどのペアも複数回行く必要があって……全然公演数が足りなくて……。
今回の矢崎太田ペア、まず序盤のホームズのちょけがレベルアップしていて愉快。太田さんの「人当たりがいいが人嫌い」の作り方、ヤバ挙動不審の方向に行くのが楽しすぎるし、スレイジーを百回観ているので知った味がしてうれしい。ボヘミアの醜聞のくだり、自分の世界に入っちゃって全然戻ってきてくれないホームズに対して、突っ込むでもなく何なら引き気味のドイルがよかった。
ホームズのおちゃらけ倍増になった分、脅威になったあとの迫力も増していた。
僕を殺せるのかというホームズ、アルコール中毒と化したドイルの視点であるために、悪意と敵意が増し増しになって見える。前回はここまで露悪でなくただただ強大な敵だった気がするが、今回は「こいつを殺さないと自分がこいつの影になって物も言えなくなる」というおそろしさを感じたし、歌唱に圧を感じた。
これは私がセリフの流れをある程度把握したからなのか、「過去に飲み込まれる」に気付いたあとのホームズの感情の変化も理解しやすくなっていた。
己を殺そうとするドイルへの怒りに近い対抗心、モリアーティから命を狙われる脅威はありつつも、劇中の人物としてはモリアーティを追い詰めること、難事件に対峙する喜びも感じていた。難事件を解くことがアイデンティティのホームズが「過去に閉じ込められる」というキーワードから最後の事件の真相を見つけたとき、ドイルという友人への情もありつつ、探偵としてはこの事件を解決しないわけにはいかず、モリアーティに殺されるという結末を提示したんだな……というのが理解できた。探偵ってそういう機構だから……。それまでお話をやるときはいつもドイルが「じゃあはじめようか」って語りかけていたのに、最後だけはホームズから「終わらせよう」って切り出すし。そして助手は探偵という世界の理に対して情という別の理屈を持ち込める存在だからよ、モリアーティに殺されたかどうかは定かでなく生死不明の結末、生きていてくれという望みを提示することができるってわけだ~。
余談だけどモリアーティのインバネスを脱ぎホームズに渡すとき、ドイルが自分の肩の高さでコートの首元をつかんでまっすぐ差し出すことで、まるでドイルとホームズの間にモリアーティが立っているように見えるのしゃれてるよな~と毎回思っていました。自分の中の一人格をホームズに連れて行ってもらう、あるいは自分の一部をともに連れて行かせるんだよねえ、と思っていたが今日見たらコート……置き去りにされてるんじゃんね……ホームズはドイルからなにも奪わなかったよ……名探偵でありパートナーだから……
ドイル側からするとホームズってイマジナリーフレンドだが、ホームズの視点から考えると、作者とコンタクトを取り物語の筋にすら関与する力を有していて、物語の枠の外を把握できるメタ視点をもった探偵なわけでつまり……メタ探偵だ!
本作は基本的にドイルの視点で進んでいるが、これホームズ視点で物語をやると自分が「シャーロックホームズ」として活躍する世界では自分以外の人間たちはすべてドイルが演じていて、ドイルが事件を考えなければ暗闇の中ということすら知っていながら生きていて、作者によって殺されかけ作者の事件を解決して闇の中へ還っていく話になり……メフィスト系の新本格みたいだ。なんて複雑なことをやっているんだろう。おもしろ~
以下、はしゃいだシーンに関するただの感謝ですが、回を重ねるごとワルツ前のドイルモリアーティが原稿用紙をまき散らすさまが派手に美しくなっていて、紙吹雪舞い散る中で傀儡のホームズと踊る構図がまさに絵だった。ありがとう。
物語としてはつらいシーンなのだが、やっぱりドイルがモリアーティになるところ大好きすぎる。矢崎さんがドイルを身近にいそうな普通の人間として演じているものだから、モリアーティでいきなり"妖"になって……うれしい。モリアーティの「その感情をよく覚えておけ」のかすれ声、thank you……
前段階としての男爵も絞殺計画直前のうしろめたさを覆い隠したあやうい上ずり声でめちゃめちゃ好きなのですが(前回と同じことをまた言いました)。
それで言うとマスケット銃を突きつけられて「撃ってみろ」をやるホームズも、前回の尊大さに"妖"が追加されていてよかった。序盤はキュートでチャーミングだが、最後の事件に至ると神に近しいメタ探偵となっていて、ドイルをむかえうつさまが人外めいているのもうれしい。少し休むと言って目を閉じて座っているだけでも美しくて緊張感がある。なんであんなにも挙動不審ムーブが上手なのに黙るとあんなにも超越的存在に見えるんだろうな。すごい役者だ。
あ~あ、もう見られないのがさみしい。再演をお願いします。
追記4:配信が来て、髙橋&糸川ペアを観た
ありがとうミュージカル最後の事件、配信をエンジョイしています。
ちょうど最後の事件終わってから配信始まる直前までずっとバタバタしていたので、私のためにここまで配信待ってくれてありがとう。
コナンドイルのお誕生日スタートなのもしゃれている。本作、制作のかたが細やかさを随所に感じ、ありがたいことだなと思っています。無事に「紙」ももらいましたし、おかげで劇場では観劇かなわなかった髙橋&糸川ペアを観ることもできてうれしい。
髙橋&糸川ペア
年齢が近い対等な立場のペアがしっくりくるぜと思っていたので、二十代コンビが最後の1ピースとしてハマった~!という感じがあってうれしかったです。
あまりにも純に友達、絶好調のときも仲が決裂してもずっと強固に友達同士で感情だけが行き違い、マジで最初から最後までキラキラとした青春物語だった。この年齢でないと打ち出せない人間関係で特有の色があった。
序盤の楽しそうな二人、よろこびにあふれていてまぶしいほどで愛おしく、今後の展開はもう隅から隅まで知っているので「ずっとこのままでいて~!」になってしまうし。
しかし成長と自立のために必要な別れなのであるという説得力も強く「みててねホームズ」のやわらかで親しみのつよい、少し幼いような言葉選び、結びが一番似合うのってこの二人かもしれないなと思いました。
そして、観劇時の感想にも髙橋さんってまさにワトソンと書いていましたが、その理由を思い出した。ワトソンってひねくれもののホームズに友情を抱かせるほど圧倒的に「いいやつ」だと思っているのですが、その素直さがぎゅんぎゅんに出ている。絶対にこの人を裏切っちゃだめだろ!と思わせるオーラ、ワトソンの素質がありすぎる。
そのキラキラからのモリアーティ化の落差が激しいが、加藤ドイルが「成った」、矢崎ドイルが「選んだ」だとすれば髙橋ドイルは「呑まれた」って感じがある。糸川ホームズの対立のしかたも変化への戸惑いや引き戻そうとする必死さが感じられて、ずっともどかしくやるせなかったね。
配信だと他ペアはこのシーンどういう芝居してる?ってのがすぐに観られて楽しいね。
ライヘンバッハ行き前夜、ホームズがワトソンを呼び出すときの駆け引き、加藤&渡辺ペアはうわ~ワトソンへの追求っていうか「暴き立て」じゃん……怖すぎ……ヒエ~……となった。
じゃあ髙橋&糸川ペアは?って観たら、ワトソンを通じてドイルの善なる部分へ呼びかけているようだったし、加藤&太田ペアはメタ探偵の作者への呼びかけだった。
駆け引きひとつとってもこんなに違うかね~たのしい~となって、通しで観るのがとてもむずかしい。たのしくてよいことですね。
配信も長いこと期間をとられているし、引き続きエンジョイさせていただきます。
配信おわるころに再演のにおわせなどしてくださると本当にうれしいな……過度な期待。そのうちでいいので、お待ちしています。